自宅に商品が届くって、とても便利で、やめられないよね。

発注者としてできることって?

発注者として便利な宅配を担っているのも人

単に商品や荷物を届けて下さるだけではなく、人が働いているという事なのですよね。
もしかすると、それで生計を立てているのかもしれません。労働力不足と報道されている昨今ですが、ドライバーという職も人手不足が叫ばれておりますしね。
便利なサービスを維持しようとするのなら、それに関わる人も、人なのですよね。

そういえば、私が幼少の頃、下水道が完備されていないところで暮らしておりました。なので、月に一度、肥溜めをバキュームカーで吸い上げてくれる人がおりました。行政のサービスです。母は、そのドライバーさんに対していつもタバコを一箱進呈しておりました。今では、賄賂などと称され好ましくない行為なのですが、誰も好んで、やりたくない仕事をしてくださる方に対して心ばかりの感謝の印であったのです。遠い昭和の高度経済成長の時代の前の話です。

互いに思いやる気持ちがあった時代をふと思いだしてしまいました。

商品開発者の思いと発注者

商品を開発した人は、鮮度や形が崩れないように配達して欲しいと願うのではないでしょうか。
商品の持つ最大の魅力を損なうことなく、味わってもらいたいと願うのは、商品開発の人や発注者の思いにあるようにお思えます。
しかしながら、その発注者や商品の開発者の思いとは裏腹に、望んでいない商品が自宅に届いたなら、どうでしょうか。私なら、引き受けたくないと思って受け取りを拒否するかもしれないなと思ったりもします。
たとえ、代金は支払わなくても良いとプレゼントされても、自分に必要のない邪魔なものだとすると、ね。
極端な事例で恐縮ですが、狭い部屋に大きなマッサージチェアがプレゼントとして届くということがあれば、それはそれは、部屋に入りきれない可能性もあるものね。だから、必要なものだけを使用者の望むものを進呈したいと思うのです、私はね。